Atypical Ways 非定型の道

描画

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私は絵を描くことが出来なかった。
正確に言えば、典型的な絵の描きかたを知らなかった。

私は紙に鉛筆で何かを描くことは小さい頃から好きだった。
しかしその描きかたは、Typicalな子供が身につけている描き方とは少し変わっていたかもしれない。

私は連続した円を延々描いた。
ぐるぐると描いた。
ずっとぐるぐる書いていると濃いところや薄いところが出来てくる。
そうすると何かの形に見えてくる。
車に見えてきたら「くるまをかけた!」ゾウに見えたら「ゾウをかけた!」と言っていたのだ。
逆に言えば、何かを書くということがよく判らなかったのだ。
幼稚園で困ったのは、テーマに沿って絵を描くという意味が判らなかったし、自由に何でも書いていいという”暗黙のルール”の意味が理解出来なかった。
私に欠けていたものは、外部の事象を一度脳の中に取り込み、それをTypical(典型に)処理してから表出する行為、いわゆるインプットとアウトプットの処理能力だったのだろう。

私は他の子たちが描いている絵を盗み見た。
その子は絵を見られないように隠した。
「見ないでよ!」
「先生、〇〇ちゃん(私のこと)がマネします!」
先生は言った。
「〇〇ちゃん、人の真似じゃなくていいのよ、自分の好きなように描けばいいの」
私は好きなように描いた。
私の絵を盗み見た他の子が言った。
「あ~!描き方が違う!」
私は絵を隠した。

そして、私は幼稚園で絵を描くことが出来なくなった。

たぶんそれがきっかけで、母は私を絵画教室に通わせることにした。

絵画教室は老夫婦が運営しており、二人とも優しかった。
私と同年代の子供も、小学生くらいの大きな子もいたが、生徒間の干渉は全くなかったので居心地はとてもよかった。

先生は絵の描き方を教えてくれた。

先ず、静物を見て、その輪郭を先ず大まかに写した。
大きさは鉛筆で片目で見て測り、それを画用紙に当てはめて写せばプロポーションが壊れず、ある程度正確に写せることも習った。

ある程度の下描きをした後、そこにクレヨンで色をつけた。
クレヨンの色も薄く書けば紙の色と混ざり薄くなり、濃く描けばクレヨンの色に近づくことが判った。
色を重ねると混ざること、暗い色、明るい色があることも教わった。

私は植物、とりわけ木の枝を描くのが上手だと誉められた。
誉められれば嬉しかった。
私は何故、自分が他の子よりも木の枝が上手なのかが気になった。

他の子の絵を見ると、他の子は目がよく見えないのか、描くのが面倒だったのかは判らないが、木の枝を一本一本描いている子は一人もいなかった。

ただそれだけのことだった。

しかし、その時私は他の子よりも勝っている部分を自分の中に見出し、その客観的な第3者の評価に興奮した。

私は幼稚園で絵を描いてみた。
成果を試してみたかった。

そこで待っていたのは、賞賛ではなく、それほど以前と変わらなかった。
「あ~描き方が違う!」
「自由に描かなきゃいけないんだよ!」
「先生!〇〇ちゃんは言われたとおりに書いていません!」

そこで求められていた絵とは、抽象的な、ある意味子供らしい、たとえば線だけで書かれた人間、赤い太陽、緑色の山、水色の川など。

私は写実的なデッサンをするために、鉛筆で下書きを始めてしまったのだ。
その時、先生は何と言ったのだろう。
たぶん、何か私をフォローすることを言ってくれたと思う。
「こういう絵の描き方もあります」とか、「〇〇ちゃんは絵を習っているの」とか「この絵は本格的なの」とか。

しかし、多くの子は私が自分たちより勝っていることに我慢がならなかったのだろう。

次の時間、私の絵には上履きの跡がついていた。

それについては先生も何も言わなかったし、私はそういう表出をする子達の仲間でいることが悲しかったが、その事態を変える方法も知らなかった。

ただ、先生に従順な一部の子達は、私に対して「すごいね」など言ってくれたような気がする。

踏みつけられたが、その後も私は作品を描けるし、腕でも折られなければいくらでも描けた。
また、腕を折られたとしても、脳が憶えているかぎり足でも口でも描けたはずだ。

私は一つの事柄で、典型的な同年代の子達よりも勝ったのだ。

この時の優越感は、私の将来に大きな影響を与えることになったと思う。

  その事件で、私は典型的な子供が描く子供っぽい絵の定義についても学んだ。

そして、「わざと下手に描く方法」も独学で身につけたのだ。

絵が描けるようになると、絵画教室は卒業となった。

私とすれば残念だったが、習い事はお金がかかるものだから仕方がなかったし、数ヶ月でも習い事をした経験は何にも代え難いものであり、感謝するべきものだったと思っている。

この習い事で得た自信がなければ、後にデザイン学校に進学することもなかったと思うし、自立心も生まれなかったかもしれないのだから。

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