自慢ではないが、私は過去に面接で落ちた事もなければ試験に落ちた事もない。
それはなんのことはない、自分に無理なものは避けて通っていたということ。
30代半ばにして、私は崖っぷちから落ちた。
現実を見なければ気づかないことだが、現実は厳しかった。
自分の一存で会社を辞め、家のローンと妻子を抱えて失業した私は、自分の能力を知らなかったのだ。
時既に遅し・・・
働きアリとして働いていたつもりだったが、何も溜まってはいなかった。
私が会社を辞めたのは1998年の夏。
完全失業率は過去最悪を記録していた。
友人から聞きかじっていた職安の対応と状況は様変わりしていて、フロアーは失業者でごった返していた。
書類をチェックするどころの騒ぎでなく、仕事を選ぶどころの騒ぎでもなく、失業者の応対をこなすのに精一杯だった。
職安自体は最高に忙しかったのだ。
説明会で、こう言われた。
「仕事を探したら、探したと書いてください。面接の印鑑も何も入りません。探したという欄にチェックがなければ給付は受けられません。。就職したら、速やかに窓口に来てください。黙って仕事に就いても、絶対にバレますから!」
それは、きちんと書類を提出すれば何も言わずに支払うから、スムーズに事務手続きを行わせなさい、面倒はかけないように!という意味にとれた。
一応、求人情報を検索してみた。
30代の未経験者を募集している企業はなかった。
それらしき仕事内容のあまりにも安い賃金設定に愕然とする。
経験、年齢により12万円?20万位まで。
かなり厳しい内容というか・・・
失業給付の方が額が多いのである。
一応とりついでもらい、電話すると・・・
「もう決まりましたから」
こんなのばかりであった。
現実はとてつもなく厳しい?
職種によるのか?
失業給付を支給されている間に、私は職業訓練校に入学しようと思った。
前回、カルチャースクールは嫌いだと書いたが、そんなゆとりはない。
職業訓練校に入学すれば、受講期間は失業給付が受けられる。
そしてその間、就職のスキルも身につく。
私が応募したのは、都立技術専門校 の製くつ科。
以外?にも靴作りは人気だった。
ほんの数年間の間に、事態は様変わりしていたのだ。
倍率は約3倍だった。
試験内容は中卒程度の学力だというが・・・。
むしろ動機や、やる気を重視するということらしかった。
それでも一応、高校入試用のドリル、参考書を買ってきて、毎晩受験勉強をやった。
試験当日、過去にテストで緊張した事など一度もなかった私であるが
別人のように舞い上がり、殆ど何も書けず。
考えてみれば前にテストを受けたのは何年前なのか?
文章問題は限りなくゼロに近い回答率であった。
その後、係りの人に個人面談で志望の動機などを訊かれる。
「ま、テストはそれほど重視されませんから、貴方は動機も進路もはっきりしているから先ず大丈夫でしょう」
ある意味、ほっとする。
次に、学校側からの面接である。
いかにも真面目で、利発で、正直者であるかというギミックを作るのは私の得意分野である。
最高責任者らしきオジサンが話に乗ってこなかったのは気になったが。
ま、いっか。
という状況で、希望の動機、将来の展望などをしっかり伝えたつもりであったのだが・・・
結果は・・・不合格。
焼酎飲みながらの受験勉強が悪かったか・・・・
アルコールはシナプスを殺すらしい。
もし貴方が受験生だったら、マジで酒はやめましょう。
タバコは・・・判りません。(汗)
さて、
いよいよ後がなくなったのである。