ウタコ

光が連れてきた美佐子の赤ん坊は、生後3ヶ月の女の子だった。
ほとんど書き込みのない母子手帳に、美佐子の元夫の苗字の後に、カタカナで名前が、「ウタコ」と書かれていた。 毎朝、光はウタコを抱えてやってきた。

彰子は言った。

「美佐子さんは家にいないの?」
光は言った。
「あいつに子供の面倒は見られない」

そして光は仕事が終わると、彰子の家にやってきて、残り物の食事をとってから、ウタコを抱えて美佐子の働いているスナックへ行った。

そして、朝、光はウタコを抱えて戻ってくる。

これが毎日のように繰り返された。

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彰子は、ある時ウタコが自分に一番なついていると思った。

わざと花子をおいて外に出て、自分の姿を追って泣いているのを何度も確かめた。

光や美佐子の前でも、ウタコが彰子を追いかけて泣くことを確かめた。

そして、「この子には私がいないとダメなのよ!」と叫んだ。

彰子は、ウタコを甘やした。

近所のママさん友達に、ウタコを自慢した。
「可愛そうな子だから面倒見ない訳にはいかないのよ」と言った。

近所のママさん達は、ウタコの様子を見に入れ替わりでやってきた。
そして、「本当に可哀想!!」と言った。

ママさんたちは小さなおもちゃを持ってきた。
ほとんどのばあい、買い物をした際にオマケで貰える販促グッズの類で、彰子の家は、たちまちガラクタだらけになった。

彰子は当時、娘夫婦と同居していたが、娘夫婦も、自分たちの生活があった。

光からウタコの面倒を頼まれていたのは母である彰子だった。
時折彰子に頼まれればウタコの面倒はみたが、それ以上のことは出来ないし、ウタコを育てる本来の責任は実の親にあると思っていた。

だた、その実親が何もしないだけだ。
彰子の娘は、望んでも手に入らないのに、手に入れても放置されている命というものの宿命をもどかしく思った。

美佐子が「欲しくて出来た訳じゃない」と言った時に、娘夫婦が抱くウタコの実親に対する嫌悪感は、頂点に達した。
美佐子は自分の不幸な生い立ちや能力の低さを語ったが、娘夫婦は「甘え」だと思った。
そして、ウタコの将来はこの親によって辛く苦しいものになったとしても、それを阻止する権利は自分たちにない、とも感じていた。

いずれにしても、ウタコの面倒を見るだけじゃなく、ウタコを育てる必要があることは、皆、頭では判っていたが、それを実行するのは親の責任だ。

実親がいるのに、余計なお世話をすることは出来なかった。

そして、ウタコは大勢の人間からお世話をしてもらったが、その誰もが、ウタコの将来を見据えてはいなかった。

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