チョコレートペーストが飛び散り、大きく真っ黒なシミをつけた壁を、ウタコの荷物を取りに来た彰子は見た。
その石膏ボードには、いくつも穴が空いていた。
キッチンの窓は割れていた。
食べ物カスが散らかって床は見えなくなっていた。
光の言うことを信じれば、警察を呼んだのはウタコを守るためだという。
美佐子は働いていたスナックの同僚に「元気になる薬」を貰ったのだ。
彰子は、子供の荷物をかき集め、足早にアパートを出た。
ここの空気を吸いたくなかった。
彰子は、自分の決断がこんな汚い結果に繋がったと思いたくなかったが、後悔するよりは、ウタコを守ることに専念しようと思った。
光と美佐子は別れた。
美佐子は厚生施設に入り、ウタコは光が引き取った。
実質的には再び彰子が面倒をみることとなった。
しかし、今度は娘夫婦の代わりに長男夫婦と同居することとなる。
光の兄、長男夫婦と彰子が住む予定で設計した二世帯住宅の基礎工事はもう始まっていて、娘夫婦は引っ越してしまった。
家は、以前より広くなるから、住人が増えてもどうということはない。
客間として考えていた部屋が塞がれるだけのことだ。
いずれにしても、彰子の「既定の概念」の中には、「二世帯住宅」はあっても、「変型三世帯住宅」という言葉はなかった。
少なくとも、この時点では・・・
新しい新居は、二階部分を長男夫婦、一階部分を彰子が使うことになっていた。
一階部分には、書斎、LDK、そして親戚が泊まることを前程に作った客間があった。
彰子一人では贅沢だったかもしれない。
いずれにしても、客間に親戚が泊まることは出来なくなっただけのことだ。