プロローグ その10 しばしの別れ – なりゆき主夫のリアルな日常 – 楽天ブログ(Blog)

洋子は、雅子に、「何してんのよ?」と言った。
雅子は、寝ている太郎の顔の前でパチンと手を叩いて反応を見ていた。
「目や耳が聞こえないんじゃないかと思って」
「反応がないような気がするのよ」と雅子は言った。
反応がないというのは大げさだと思ったが、太郎は表情豊かな赤ちゃんではなかった。
花子との対比で余計にそう思えたのかもしれないが、フットワークの軽い、ニワトリのような花子に対して、柔らかいが骨太で、重くて動きの鈍い、ヨダレまみれの太郎は、まるで牛のようだった。
とはいえ、この2人の子供達は、成長は少し遅かったかも知れないが、誰も焦ってはいなかった、というより、普通はどうかなんて誰も知らなかったのだ。
少なくとも、「普通」じゃないなんて思いつきもしなかった。
この子達の親も、仕事をしないで遊んでいた訳ではなかった。
光彦はホストを辞め、サラリーマン金融業に転職していた。
美佐子はスナックの雇われママになっていた。
借金だらけでアパートから逃げてきた時とは状況は変わったようだ。
立派に更生したというべきかは判らないが、夫婦で親のスネかじりをしている理由は、金銭的にはなかった。
美佐子と光彦は実家から少し離れたところにアパートを借りた。
子供達は毎日、おばあちゃんが面倒をみる状態ではなくなっていた。
雅子の傍にいることは光彦にとっても、雅子にとってもよくないと、光彦の姉の洋子は思っていた。
雅子も光彦もお互いに依存しあっているような気がしたし、近くに住んでいることが家族再建に向けての障害になると思ったのだ。
が、それでいい方向に向かうのかは判らなかった。
気になる点は、二人はあくまでも仕事をしながら子育てをするスタンスを変えていないことであった。
子供二人は24時間営業の保育所に預けられ、夫婦どちらかが引き取りにくるまで預けっぱなしだった。
光彦は仕事が終わり、保育所から子供達を引き取ると、コンビニ弁当と離乳食を買って帰り、テレビを見ながら、子供と一緒に寝た。
朝起きると、美佐子が寝ている。
光彦は子供と美佐子をそのままにして、仕事に行く。
仕事の内容は、借金の支払いが滞っている人間のアパートに行くことだ。
キツくはないが、気持ちのいい仕事ではない。
仕事が終わって保育所に寄って帰る。
これの繰り返しだ。
いつかは変わるのか、それともこのままでもいいのか・・・
光彦は全てのことに確信が持てなかった。
しかし、仮に、子供達の将来が不安であったとしても、第三者には、この子供達の責任をとる「権利」が、ないのだ。
洋子にも、雅子にも、光彦達を見守る以上の権利はなかった。
そして、いつかはまた子供達の面倒をみなくてはいけないことになるような気もしていた。
だが、この時点でそんなことを気にしても、どうしようもない事であった。
その頃、洋子は父の名義のままになっていたアパートの整理をしていた。
借地に立てた4畳半風呂なしの小さなアパートで、家賃収入で税金も払えないようなアパートだった。
直すのも大変なので放置しておいたら、管理を頼んでいた大工がボケてしまった。
大工の義理の息子が介入してきてやっかいなことになっていたので、2年がかりで住人共々、アパートに関する全てを一掃する計画だったのだ。
ようやく、全ての住人に出て行ってもらった時点では、そこに自分たち夫婦が住むことになるとは全く考えていなかった。
雅子から今後の計画を聞かされた時、洋子はあの場所に住むのは嫌だと思ったが、仕方がないとも思った。
雅子は、今住んでいるこの家を建て直して、長男の義彦と、2世帯住宅を建てて住むと言う。
洋子達は、借地権の名義を「穂高」の名義に書き換えて、アパートの跡地に住むように言われたのだ。
別に悪い話ではないが、手放しで喜ぶことでもなかった。
光彦の住まいは?
雅子は、自分の収入源である不動産の名義半分を光彦の名義にしてあった。
半分というのも、悪い人間に利用されて売り払われたら堪ったもんじゃないという考えからだ。
つまり、書類上の財産はあっても、使えるものではなかった。
「既定の概念」では、将来の財産があるだけ幸せだということであるが、事実は幸せな訳ではなく、可能性は増えるということだ。
幸せかどうかは、自分自身の動き方と、その時の運次第だ。
雅子と義彦夫妻は、2世帯住宅の住居計画に取り掛かっていた。
洋子も借地に建てる新居の設計と、引越しの計画を立てていた。
洋子の夫、彰秀も、のローン計画に奔走していた。
3世帯が大移動する建築計画だった。
彰秀は、雅子や義彦夫妻の2世帯住宅の住空間の設計に疑問があったとしても、それに意見することは出来なかった。
あくまでも住むのは自分ではない。
それは、彰秀の住居に対して雅子が意見したとしても、聞く耳持たないのと同じことだ。彰秀は、同居しなくて済むことに感謝した。
しかし、どこかに釈然としないものを感じてもいた。
雅子と義彦夫妻は、2世帯住宅の施工を大手ハウスメーカーに依頼した。
彰秀夫妻は、それなりの工務店と契約した。
既存の家を解体している間、仮住居に引っ越さなくてはならない。
雅子と子供達の歴史を刻んだ一戸建ての家は取り壊され、これから新しい歴史を刻む新しい住居を産むのだ。
引越しの準備をしている頃、光彦の子供達二人が戻ってきた。
つづく
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この話はあくまでもフィクションです。
登場人物も、団体も実在しません。
ですから、こいつはなに考えてんだとか、許せないとか、こういう描き方は酷いとか、よくわからんとか、ご意見、または要望等ありましたらコメントお寄せくださいますよう、お願いします。
適宜に?今後の展開に取り込ませていただきます・・・

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