靴作りの工程は様々な人の手が関わっている。
逆に言えば、最初から最後までの工程を一人で出来る人は殆どいなかったりする。
先ず、何もない状態から「サンプル」を作る訳だが、デザイナーは実際に作りはしない。コスト計算などをする。建築士のようなものだ。
この工程を行う人を「企画」という。
企画が良ければ、いい靴になる。
間に関わる人間がとんでもない連中でさえなければ・・・
ま、耐震偽装と比べる程の規模でもないか。
問屋が注文を出した時点で材料屋に様々な材料を発注。
革、本底、ヒール、ヒモ、中敷、等々・・・
殆ど全てオリジナルの材料で、サイズ毎に異なる訳である。
革を裁断し、靴の形に縫うことを、「製甲」という。
本底やヒールをつけることを「底付け」という。
それをきれいにして箱に入れ、納品出来る状態にするのが「仕上げ」という。
私は「底付け工」として雇われた訳だ。
工場の形態を簡単に説明すると・・・
靴工場には通常職人制と、流れの形態がある。
職人制というのは一人の職人が1足ナンボで仕上げて報酬を支払う形式。
流れというのは、量産体制で効率よく回し日産を上げる方式。
賃金は固定給。
私が雇われたのは流れの方式の工場である。
一日おおよそ、600足程作るのだそうだ。
そしてさらに工場以外の外部でも500足ほど作らせている様子。
社長は、「凄いだろう」と言っていたから、たぶん凄いんだろう。
多いか少ないかは規模によるのだろうが・・・
それより外部で作るメリットって何?
私には判らないことだらけであった。
「でも今は300位しか流れてないんだけどな!」
ようするに、仕事がない時に、外部をつかう、いや、外部を使わないためにあるのだった。
雇用形態の妙というか。
いずれにしても、以前のサラリーマン時代に身につけたスキルの殆ど全てが役に立たないといった社長の言葉はほぼ間違っていなかった。
殆どのことが私の考えていた常識を超えていた。
とりあえず、就職が決まってしまった私。
給与所得者としての、来月からの収入を約束されたようなもの。
多くはないが・・・他の職人よりは多いらしい。
何故??
たぶん・・・
履歴書に、「趣味はプロレス観戦」と書いたからだと思う。
初日に社長は長州VS大仁田の電流爆破マッチのビデオを貸してくれた。
プロレスファンであると、得をすることもある。
自転車通勤にも関わらず、電車賃までくれた。
(それは私がセコイだけっていう気もするが・・・)
初日、緊張の面持で工場にて挨拶。
「何もわかりませんが、一生懸命仕事しますのでよろしくお願いします!」
十数人いた職人のおじいさん達に拍手で迎えられた。
こんなんでいいのか?
工場長の話。
「今はちょうど暇な時期だから、ものを覚えるのにはちょうどいいだろう」
ちなみに5月だった。
「今の時期はよ、サンダルしか作らねえんだ」
「そうなんですか?」
この手のサンダルの中身、通称「パン」というものにひたすら接着剤を塗る。
とりあえず・・・。
先輩のおばちゃんに、隙間に接着剤を埋める仕事を教わる。
「こうやってね。ノリをとって、大丈夫?」
「大丈夫です」
「そう?じゃあ若いのになんでこんなところに来たの?」
「いや・・・(汗)靴作りの仕事をしたくて」
「今どきそんな人いないけどね?珍しいね?若いのに、偉いね、そうじゃなくて、こうやって塗ってね」
「はい、こうっすか」
「あら?結構上手だわねいいわよ」
といいながらおばちゃんは私の3倍くらいの効率の良さでガンガンと接着剤を塗っていく。
かなり気分的にはマズイ。
ま、初日だからいいのか。
おばちゃんパートの時間が終わり、帰る。
次の師匠は、フィリピンから来た方である。
一応男だったが・・・
「コウヤッテ、コウヤッテ、ダイジョウブ?イイヨ、ダイジョブネ」
「アリガトウ、コレデイイアルカ?」
「イイネイイネ、ウマイヨ、アナタイクツネ」
「サンジュウロクアル」
「オ?ウ、ワタシモサンジュウロクネ、シャチョウノオクサンモオナジヨ、ミナサンジュウロクヨ」
「マジスカ?マ、ベツニイナンサイデモインダケドネ・・・」
という感じで直ぐ仲良しになったが・・・。
「ボクハ、ジョウズジャナイカラ・・・キミハジョウズニナルトイイヨ」
という彼は、あまり要領が良い方ではないようであった。
でも帰るのは私より速かった。
「モウヒトツシゴトガアルネ、ジャマタアシタ」
「オツカレサマデシタ」
外国の方は、とてもよく働くのだった。
今度は日本人だ。
普通?のオジサンである。
「よう、あんちゃん、あれか?初めてだって?オレが何でも教えてやるからよ、いいよ、別に、遠慮する事はないからよ、オレもここに来てまだ何ヶ月もたってねえんだよ」
「そうなんですか」
「でもよ、オレはいい職人なんだよ、花見で酔っ払っちまってよ?階段から落ちてな、それじゃなければこんなところにはいねえよ、本当に。オレもバカなことをしてな?。人生ってのはわからねえぞ、こんないい職人がよ、情けねえけどよ、本当はこんなところでノリ塗ってる男じゃねえんだけどよ」
「そうなんですか・・・」
「だからよ、なんでもオレが教えてやるからよ、まかせときな」
「よろしくお願いします」
「じゃあな」
行ってしまった。
暇つぶしに来ただけだったようである。
次の師匠は、韓国人である。
ある意味、外見的に一番マトモだった。(汗)
「おはようゴジャいます、コレ、こうね、こう、こう、オーケイ、イイデスね」
「こうですか?オー系ですか?ありがとうゴジャいます」
というように仕事を教わりながら初日は終わった。
帰り道、方角の同じ職人のオジサンたちがいた。
「おめ?自転車かよ?俺たちも自転車だからよ、途中まで一緒に帰ろ」
「おお、帰ろ帰ろ」
「ああ、ありがとうございます」
「・・・・おめ?誰かの知り合いか?」
「いえ、企画の○さんの紹介です」
「知らねえな」
「オレもわからねえ・・・おめえ、靴屋じゃなかったんだろ?」
「はい」
「そうか・・・ま、いろいろあったんだろうけどよ、頑張れや」
「ありがとうございます・・・この会社は良い人ばかりですね」
「ぐふ?そう思うかい?」
「ぐふ?そう見えんのかい?」」
「そう思いました。それに、聞いていたより早く仕事も終わりましたよね」
「今日はね、こんなに早く終わるのは、1年ぶりくらいだね」
「そうだね」
「そうですか?・・・・」
「ま、そのうちな、焦んなくっていいよ、じゃあな!」
「じゃあな!」
「はい、そうですね!おつかれさまでした!」
その時点では全然焦ってなかったが・・・(汗)
ま、とりあえず初日だし、考えなくてもいっか!!
次回につづく・・・
続きに興味があったらぽち!ってことで。