「発達障害」に関すること – なりゆき主夫のリアルな日常 – 楽天ブログ(Blog)

昨日は多くの方々からコメントをいただきました。
ありがとうございました。
一部の方には大変迷惑をかけました。
謝ってすむことではないかもしれませんが、もう一度、改めて長く重い内容の日記を書かせていただきます。
興味のない方には、大変申し訳ありません。
今日のテーマは、「障害児と生きる日常」を使わせていただきます。
昨日と重複する内容が多くなりますが、もう一度お付き合いください。
私の家庭を紹介します。
私の家には、妻の弟の子供が2人、実の子が1人います。
弟はある時、子連れの嫁を連れてきました。
継父である弟は、実子を一人儲けました。
そして、嫁は薬物で刑務所へ。
弟夫婦は離婚し、子供は義母が引き取りました。
私たち夫婦に子供が一人授かりました。
その後、弟は死にました。
子供達が義母の手に負えなくなりました。
私たち夫婦が預かることにしました。
子供達の障害に気付きました。
私は失業し、主夫になりました。
以上、フリーページにも書きました。
ただ、長女が誰とも血が繋がってないことは書いていません。
長女自身にも伝えていませんし、ここに書く勇気もありませんでした。
長女、長男は、「発達障害」です。
長女はADHD(注意欠陥です)
長男は、自閉症です。
おそらく、長女は先天的、長男は後天的な障害です。
長男については、家に来てからかなりよくなりました。
長女は、相当時間と根気が必要なようです。
長男の障害は周りの環境を変えること(私達夫婦が引き取ること)で、かなり改善されました。
それは私たち家族(義母や義弟夫婦も含めて)が一致団結して、誰一人現実から逃げす、対処してきた結果だと思っています。
長女は、あまり変わっていません。
勿論、以前より良くなっていますけど、忍耐強くかかわっていかなくてはいけません。
根本的な注意力、運動能力というものは、そう簡単に埋まるものでもないようです。
医師に、「この子はおそらくADHDでしょう」
こう言われたときの安堵感、判っていただけますでしょうか?
この子が人の話を無視するのは、わざとじゃないんだ、病気だからなんだ。
ことごとく性格が捻じ曲がってしまっている訳でははないんだ。
障害があるから、出来ないだけなんだ。
このことに救われた思いがしました。
それまでは、今までの環境において、歪んでしまったのだろうか?
なにがいけなかったのだろうか?
本当は、すべて理解しているのに、理解していない嘘をついているんじゃないだろうか?
もしそうだとしたら、その根本の原因を探り出さなくては、この子は絶対に良くならない。
なんとかしなくてはいけない。
そう思っていました。
家族との話し合いは数え切れないくらいしました。
遺伝的要因、不適切な生活環境についての話しもあります。
言われたくないことも沢山あります。
自分自身のかかわってきたことに対する否定もあります。
自分の過ちを指摘され、落ち込むこともあります。
それらの作業は、とてもストレスの溜まることです。
そして、実際に子供と接すること。
障害があるのかないのか良くわからないまま、「ちょっと違うぞ」と思いながら接することの不安、やったことが身についていないことに愕然とします。
なんでこんな子供が家にいるんだろう、そう思ったこともあります。
出来ることなら係わりたくない、そう思ったこともあります。
しかし、そんなこと思っても現実は変わりませんから。
家族が協力を拒んだら?
全て任せるといって、逃げられたら?
医師に相談しても、明確な回答が得られなかったら?
また、周囲の人たちの誤解を受け、攻撃されたら?
やってられません。
でも、やってられなくても、やらなくてはいけないのです。
幸運なことに、私たちは家族の協力が得られています。
これは本当に幸せなことです。
協力しないで、逃げている人は、大勢いますからね。
もっと気楽にとおっしゃる方がいました。
気を遣っていただいた、とてもありがたい言葉だと思いました。
たしかにそうしたほうが良い結果を生むかもしれません。
しかし、発達障害を持つ子供に対して、アホなり、それなりに育てるなんてことは出来ません。
大人になれば、子供達は社会に出ます。
(出られないかもしれませんが)
その時のために今、最善を尽くそうと努力しているからです。
子供の情緒的ストレスを与えないために、なるべくお気楽に接しているつもりです。
でも、心底からお気楽になることは、やはり出来ないのです。
子供の障害以外にも、様々な外的障害があります。
家庭環境を野次馬的に見る、心無い方は、大勢いるのです。
そこで、そのストレスの憂さ晴らしに日記を書く。
時には適切でない言葉遣いをします。
このドアホ!とか。
実際にあったことを多少デフォルメする場合もありますし、それを読み手は誤解するかもしれませんね。
ただ、私はそれはそれで構わないことだと思います。
自分の日記ですし、自分の心の治療でもあるのです。
私は継母の方が公開している一部の日記を読み、私が感じているのと同じような悩みを持った人がいることを知り、救われました。
それは、「継子」と「実子」に関することではありません。
「発達障害」に関することです。
特殊な環境のせいなのかもしれませんが、私には彼女達の悩みが本当に自分の状況と似通っていることに驚きました。
何故、継子の発達障害で、多くの継母が苦しんでいるのか?
おそらくは、結婚前の育ち方に原因が大きいのかもしれません。
でも、それは判りません。
私は医者ではないですし、日記の本文から察するだけですから。
でも、なぜこんなことが出来ない?
こういった気持ち、とてもよく判るのです。
私達夫婦がいつも落ち込んでいることと同じなのです。
日記の書き方は人それぞれだと思います。
その日記だけを読んだら、気分を害する人もいたのですね。
ただ、彼女たちが毎日必死で子育てをしていることが私には伝わっていました。
そして、「心無いコメントを気にする必要はないです」というコメントを残しました。
それに対する、「僕のことでしょうか?」というレスに対し、私が感じたままのことを書きました。
それが、不適切な内容でした。
私の過ちは、らむさんの日記に対する反対意見に対し、そのコメントを上回るような誹謗、中傷をしたこと。
さらには、長女の病名を、その方に当てはめて書き込んでしまったこと。
人間として、とても恥ずかしいことをしてしまいました。
すべての責任は、私にあります。
そのため、今回、継母の方々に対して、私が本来伝えたかったことではないコメントが寄せられてしまいました。
誤解を招くような下手な文章しか書けなかったこと、再度お詫び申し上げます。
そして、私が本当に伝えたかったこと、今度こそ伝わるよう、祈っています。

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