職人Aさんは我孫子から通っている陽気な職人。
常磐線で南千住まで来て、そこから自転車で浅草へ来ていた。
帰り道、南千住までは私もAさんと一緒に帰ることが多かった。
山谷堀公園を抜けて親子ガードを越える所まで、なんだかんだと話をしてくれた。
山谷堀は元々、隅田川から吉原遊郭まで続くお堀だったという。
江戸時代は船にのって、ここを通ったのだそうだ。
現代では細くて長い公園の中に、隅田川を追い出されたホームレス達が養生シート住宅を移転してきた、どちらかといえば危険な地域である。
この場所から、お江戸の秘め事ロマン?を想像するのは難しい。
Aさんが言う。
「吉原行きてえよな?!」
Aさんは喋る事の殆どが冗談だ。
「は?そうですね・・・」
「本当に行きてえのかよ」
「いえ、金がもったいないです」
「そうだよな、吉原いくんだったらおめえよ、弁当何倍食えるか数え切れねえよな」
「本当ですね」
「今度数えてみるか」
「いや、遠慮しときます」
Aさん、最初は新鮮なジョークに聞こえたが、毎日同じネタは辛い。
たまにはひねって欲しいが、ま、仕方がない。
山谷堀公園を過ぎて、教会の裏の公園で多くの人が集まっている。
木曜日は炊き出しをやっているのだ。
「いいな?食いてえな?・・・」
「腹減りましたね」
「おめえも並んでよ、食いてえよな?」
「いや?」
「あれはよ、誰でも貰えるんだろう?」
「そうなんですか?」
確かに健康そうな普通の人も混じって炊き出しの雑炊をすすっていたが、あきらかに仕事をしてなさそうな身なりの人も多かった。。
「食いてえな」
「そうですね?食いたいですね」
「オレの分もやるからよ、食ってきていいよ」
「いや、他の困っている人にあげてください。でもすごい人数ですね」
「そうだな?・・・本当に、あいつら、仕事ねえのかな?」
「さあ・・・」
「出来ねえ訳ねえよな、ピンピンしてんだからよ。仕事もしねえで、飯食わせてもらえるなんて、いいよな!」
「どうなんでしょうか」
「オレは嫌だよ、みっともねえよ。そこまで落ちぶれたくはねえよな」
「そうですね・・・」
ついこの間まで失業していた私にはこの行列もあまり他人事ではなかったが、確かにそんなことしなくてもよかった。
運がよかった?
まあ、そういうことかもしれない。
「人間としてよ、そこまで落ちたくねえよな?」
「はい・・・」
職人Aさんは東北から上京して職人になった当時は浅草に住んでいた。
見合いで結婚、貯金していた工賃で、郊外のマイホームを購入した。
前の工場が潰れて、今の工場に来た。
この人もまた、手に職があることを自負する一人。
「職人は、これだよ」
そんなAさんの親指は、これくらい大きかった。
Aさんは「指がこれくらいデカくならなきゃ一丁前じゃねえよ」とうそぶく。
職人Bさんに、「おめえは靴と一緒に指までつり込んでんだろうがよ」と言われる指だ。
職人は、表向きはおだやかだが、皆仲が悪い。
自称管理職の職人Cさんは、「本当はオレがやれば、あんな仕事すぐ終わっちまうんだけどよ、そうしたら皆クビになっちまうからよ、可哀想だからやらしてやってんだよ」と言う。
「Cさんは手が早いんですよね?」
Aさんに訊いてみる。
「Cさんはよ、かっちゃくりだからよ」
「かっちゃくりって何ですか?」
「・・・早いけど下手ってことだよ。下手くそな奴がガンガン靴作ると、結局全部直しだからな、Cさんもちょっとは丁寧にやればいいんだけどよ、ああいう奴はダメだな」
「は?・・・」
職人の世界は奥が深い。
しかし・・・
こんな指になるのも嫌だ・・・
こんな指になりたくない人はクリック!
クリックした人。
それじゃ、いい職人になれないな?・・・(汗)